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理容室

理容キタムラ

清水町で長く親しまれる床屋さん「理容キタムラ」

板橋区清水町にある「理容キタムラ」は、地域の常連さんに長く親しまれてきた床屋さんです。

店舗名 理容キタムラ
所在地 〒174-0053 東京都板橋区清水町32-6

現在のお店が清水町に移ったのは、東京オリンピックの頃。それ以前は大和町で営業していたとされ、詳しい創業年は残っていないものの、地域で約80年の歴史を持つと考えられる理容店です。

初代は新潟出身。青山で修業を積み、その後、板橋で理容店を営むようになったそうです。昔は着物に下駄という姿で仕事をしていたといいます。背も高く、当時の人としては大柄で、とても雰囲気のある職人だったそうです。

現在、お店を守っているのは3代目の北村旭豊さんです。板橋で生まれ育ち、青山での修業を経て、家業である理容キタムラに入りました。お店に立って約30年。地域の人たちと日々向き合いながら、昔ながらの床屋さんの良さを守り続けています。

清水町に根づいた、昔ながらの理容店

以前の店舗のお写真(1996年)

理容キタムラは、派手な宣伝をしているお店ではありません。

ホームページを頻繁に更新したり、SNSで積極的に発信したりするお店でもありません。

それでも、長く通い続けるお客様がいます。

毎月来る方、2ヶ月に1回の方、昔からずっと通っている方。年齢層は40代、50代、60代以上の方が中心です。若い世代は美容室を選ぶことも多い中で、理容キタムラには「ここが落ち着く」と通い続ける常連さんがいます。

その理由のひとつは、気取らずに通える雰囲気です。

美容室では少し緊張してしまう。若いスタッフに切ってもらうのは少し恥ずかしい。そう感じる男性にとって、昔ながらの床屋さんは居心地の良い場所でもあります。

理容室ならではの顔剃りができることも魅力です。髪を切るだけでなく、顔剃りまで含めて整えてもらえる。そうした昔ながらの床屋ならではの魅力が、今あらためて見直されています。

お客様との距離が近いお店

北村さんが大切にしているのは、お客様との距離感です。

「お客様だから」とかしこまりすぎるのではなく、昔から知っている人として自然に接する。趣味の話が合えばその話をする。何気ない会話をしながら、いつものように髪を切る。

そこには、長く地域で続いてきたお店ならではの空気があります。

常連さんとは、時に冗談を言い合うこともあるそうです。

「今日、閉めるの早くない?」
「5分しか違わないでしょ。」

そんなやり取りができるのも、積み重ねてきた関係性があるからこそです。

北村さんは、無理に特別な接客をしているわけではありません。むしろ、いつも通りでいることを大切にしています。

気を使いすぎず、壁を作りすぎず、自然体で接する。

その普通さが、理容キタムラの魅力です。

3代続くお店の歴史

理容キタムラの歴史をたどると、初代は新潟から東京へ出てきた方だったそうです。

青山で修業を積み、その後、板橋で理容店を営むようになりました。

詳しい創業年や当時の写真は残っていません。しかし、話の中から見えてくるのは、戦前・戦後の時代を生き抜き、板橋でお店を続けてきた家族の歴史です。

現在の清水町の場所に移ったのは、1964年の東京オリンピックの頃。それ以前は大和町で営業していたとされています。

当時の板橋は、今とは街の様子も大きく違っていました。商店街には多くのお店が並び、地域の人たちの生活が今以上に近い距離にあった時代です。

理容キタムラも、そんな地域の日常の中にあるお店のひとつでした。

髪を切る場所であり、近所の人と話す場所であり、地域の情報が自然と集まる場所でもあったのでしょう。

昔の写真はほとんど残っていない。それでも残る記憶

(こちらは2代目と奥さんです。旭豊さんのご両親)

長い歴史のあるお店ですが、昔の写真はあまり残っていないそうです。

テレビ番組の取材でも「昔の写真はありますか?」と聞かれたことがあったそうですが、残念ながら見つからなかったとのこと。

店舗を建て替えたこともあり、昔の店内や初代が働いている写真などは残っていないようです。

写真として残っていなくても、家族や地域の人の記憶の中には、当時の様子が残っています。

着物姿で仕事をしていた初代。

あまり多くを語らない寡黙な祖父。

よく話す父。そして、現在のお店を守る北村さん。

それぞれの代に、それぞれの人柄があり、お店の空気をつくってきました。

常連さんと一緒に年を重ねていく

理容キタムラには、長く通う常連さんが多くいます。

お客様と一緒に年を重ねていく感覚があるそうです。

若い頃から通っていた方が、年齢を重ねても来てくれる。お店に来られなくなった方には、必要に応じて出向くこともある。

単なる理容店というより、人と人との付き合いが続いているような関係です。

地域の床屋さんには、髪を切る以上の役割があります。

髪を切るだけではなく、近況を話す。健康の話をする。昔話をする。時にはお互いに冗談を言い合う。

そこには、長く同じ場所で続けてきたお店だからこその安心感があります。

清水町とともに歩んできたお店

清水町の周辺も、時代とともに大きく変わってきました。

昔は商店街にも多くのお店があり、地域のつながりも今より濃かったそうです。お祭りも長く続いてきましたが、近年は少しずつ形が変わってきています。

お店の近くには、昔からある施設や店舗もあり、地域の移り変わりを間近で見てきました。

理容キタムラは、そんな清水町の変化をずっと見てきたお店です。

街が変わっても、お客様が変わっても、変わらずそこにある場所。

それが、地域に根づいたお店の強さだと思います。

アド街ック天国にも登場

理容キタムラは、過去にテレビ番組「出没!アド街ック天国」の取材を受けたこともあります。

取材は何度か行われ、実際に放送された後には、知り合いや同業者、お客様から「見たよ」と連絡があったそうです。

本人としては、そこまで大きな反響を予想していなかったようですが、テレビの影響力は大きく、一時はちょっとした“時の人”のようになったとのこと。

地域のお店がテレビで紹介されると、見ている側も嬉しくなるものです。

特に、昔から知っているお店や、近所にあるお店が紹介されると、「あそこが出ている」と自然と話題になります。

理容キタムラも、地域の人にとってそうした身近な存在なのだと思います。

100年続くお店を目指して

北村さんの言葉の中で印象的だったのが、「100年って言ってみたい」という一言です。

現在の正確な創業年は分からないものの、大和町時代を含めれば約80年ほど続いていると考えられる理容キタムラ。

100年という節目は、決して遠い未来ではありません。

もちろん、時代は変わっています。

理容店の数も、昔とは違います。若い世代の選択肢も増え、美容室や専門サロン、低価格カット店など、髪を切る場所は多様になりました。

それでも、理容キタムラには、何十年も通い続ける常連さんがいます。

「ここでいい」
「ここが落ち着く」
「いつもの感じで切ってほしい」

そんなお客様に支えられながら、今日もお店は続いています。

つながる板橋として伝えたいこと

今回お話を伺って感じたのは、理容キタムラは単なる床屋さんではなく、清水町の時間を積み重ねてきた場所だということです。

ホームページがなくても、SNSで発信していなくても、そこには確かな歴史があります。

お店を続けてきた人がいて、通い続けてきたお客様がいて、家族の記憶があり、地域とのつながりがあります。

そうした話は、外から見ただけでは分かりません。

でも、話を聞いてみると、そのお店がなぜ長く続いてきたのかが少しずつ見えてきます。

理容キタムラは、気取らず、飾らず、いつも通りにお客様を迎えるお店です。

清水町で長く続く、昔ながらの床屋さん。

これからも地域の人たちにとって、安心して通える場所であり続けてほしいと思います。

理容室

北村旭豊

代表

理容キタムラ3代目として約30年にわたりお店を守る北村旭豊さん。板橋で生まれ育ち、地域の人とのつながりを何より大切にしながら、気取らない接客と確かな技術で多くの常連さんに親しまれています。変わらない日常を支え続ける北村さんの想いや歩みをご紹介します。

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